《The Ivy(宿木)》 Embarrassed at her inability to hold back tears, she hid her face behind a fan. She was a delight, and he pitied her; and at the same time he could see that precisely this appeal would make it difficult for other men to stay away. His doubts came back, and his resentment. The chrysanthemums had not yet taken on their last color, for the more carefully cultivated the chrysanthemum, the slower it is to change. Yet a single blossom, for whatever reason, had changed to that most beautiful of colors. The prince had it brought to him. "'I do not love, among flowers, the chrysanthemum only,'" he whispered.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』 Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)旧所蔵「源氏物語」
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。【中古】 昭和史 (1955年) (岩波新書)。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。孫子集成 全24冊 中文 謝祥皓/劉申寧。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。【中古】 新天文学講座 第10巻 電波天文学 (1958年)。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。星巌集 王池吟社詩附。また、各巻ごとの書かれた年については不明。【地租改正】『落地発見願書』明治十九年八月 中頸城郡 上広田村/新潟県知事 篠崎五郎 検地帳 古文書 村方文書 和本【24-0412-29】。従って、応永五年とは、書き始めの年である。中上健次全集 全15冊 中上健次。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。【中古】 わらべ唄歳時記 (1956年)。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。近江彦根藩領出流原村古文書●嘉永6年 御巡見御供奉御名前帳と雪隠紙 藩主井伊直弼の巡見④ 下野国安蘇郡出流原村 現在の佐野市 230909。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。【中古】 日本的英作文の誤典 日本語頭から英語頭へ切り換え (1980年)。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。珍書大観 吉利支丹叢書。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。山東京山・柳亭種彦・笠亭仙果・松亭金水訳 歌川国芳画『稗史水滸伝』(全4冊揃)大正6年国書刊行会刊 彩色木版画4枚入 中国の物語。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。【中古】 マヤコフスキー詩集 (1952年)。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。【中古】 はてな?電気とは… (1979年) (電子技術はてなシリーズ 1 )。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。【中古】 日本祭礼風土記 第1 沖縄・九州・四国・中国 (1962年)。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。片島深淵子編 田尻種経翻刻『赤城義臣伝』(全5冊揃)大正5年刊 江戸時代和本復刻版 赤穂事件 赤穂義士 赤穂浪士 忠臣蔵資料。
近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。1742年 第二浄土門 浄土教 皇都書林 木版画 木刻本 道綽 安楽集 大集月蔵経 佛経文 無量寿経 阿弥陀経 浄土論 支那 佛教。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。【中古】 日本昔話集成 第1部 動物昔話 (1950年)。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。【中古】 繊維素化学及工業 (1956年)。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。忍澂和尚行業記。
出品した「源氏物語」は宿木(やどりぎ)の内容の要旨
今上帝の后には明石中宮のほかに、左大臣の娘・藤壷女御がいた。【中古】 易の理論 (1952年)。 後ろ盾のない藤壷女御の娘・女二宮の行く末を案じた今上帝は、薫ならば夫として申し分ないと判断。島尾敏雄全集 全17冊 島尾敏雄。碁の勝負の賭けにかこつけて、女二宮を降嫁させる旨をほのめかした。【中古】 論理学入門 (1955年) (青木文庫)。薫はうやうやしく受諾するが、恋する中の君を忘れられないでいた。【中古】 処女地 前篇 (1949年) (岩波文庫)。年も改まり、薫の婚約も匂宮の婚礼の準備が進んでいく。生産道案内。やがて、匂宮の婚礼の噂が耳に入る。仮名挿入 皇朝名臣伝 全5巻揃 明治13年 中澤寛一郎 古書和本古本 江戸期。中の君は落胆し宇治の山里にこもる。【中古】 キェルケゴール小伝 (1958年)。徳川美術館女装の国宝・源氏物語の「宿木」の絵は、天皇家の内部の様子を描いた「源氏物語絵巻」として広く知られている。【中古】 国際私法講座 第1巻 (1953年)。
自筆上部の「鈿合金釵寄将去」【鈿合(でんごう)金釵(きんざい)寄せ将(も)ち去らしむ) の漢詩の落款
漢詩は「白楽天」が楊貴妃を讃えた長恨歌の一節で、押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。【中古】 現代外国法典叢書 第6 独逸商法 (1956年)。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」宿木(やどりぎ)の巻》
《原本上部に玄宗皇帝と楊貴妃の物語を詠った漢詩の落款が押捺・宿木の原文に引用されている。【中古】 茶の本 (1956年) (角川文庫)。》
「宿木」の巻は英文で「The Ivy」と表記されます。【中古】 カント全集 第16巻 教育学・小論集 遺稿集 (1966年)。
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。玲瓏隨筆。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。林羅山(林道春)『神社考詳節』正保4年 安田十兵衛開板(京都寺町誓願寺前)江戸時代和本 伊勢神宮 神道資料。
自筆上部の「鈿合金釵寄将去」【鈿合(でんごう)金釵(きんざい)寄せ将(も)ち去らしむ】は、玄宗皇帝が楊貴妃を偲ぶ漢詩文の落款
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。万歳塵刧記大成。》
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。【中古】 入会権の解体 第1 (1959年)。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。【中古】 日本ギルドの解放 明治維新と株仲間 (1957年) (研究叢書 第10冊 大阪大学経済学部社会経済研究室編 )。
《「源氏物語」宿木(やどりぎ)の巻》
《原本上部に玄宗皇帝と楊貴妃の物語を詠った漢詩の落款が押捺・宿木の原文に引用されている。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古文書 上。》
《「かゝるにこそ、人も、》・・・・え思ひ放(はな)たさらめ」と、うたかはしきか、たゝならて、
うらめしきなめり。【中古】 資本論入門 第3分冊 (1952年) (青木文庫 第32 )。菊(きく)の、またよくも移(うつ)ろひはてゝ、わさとつくろひ立(た)て
させ給(たま)ひたるは、中々遲(おそ)きに、いかなる一本(もと)にかあらむ、いと見(み)所ありて、
移(うつ)ろひたるを、取(と)りわきて折(を)らせ給(たま)ひて
、「花の中に、ひとへに」
と、誦(すむ)し給(たま)ひて、
「なにかしの御子(みこ)の、(この)花めてたる夕そかし、いにしへ、天人(あまひと)の
翔(かけ)りて、琵琶(ひは)の手教(をし)へけるは。【中古】 庄内金工名作集 (1966年)。何(なに)事も、淺(あさ)くなりにたる世は、
物憂(う)しや」
とて、御こと、さし置(お)き給(たま)ふを、「口惜(くちを)し」と思(おほ)して、
「心こそ、淺(あさ)くもあらめ。歴史資料/加賀藩史料/「菅秘録」/前田家由来併武芸之女召抱之事他23項目/寛政12年筆写/9巻2冊。昔(むかし)を傳(つた)へたらんこと(事)さへは、なとてか、
さし・・・・《も」とて》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。文徴明 蘭亭記 拓本保証 折帖 経折本 烏金拓片 文衡山居士 蘭亭序 王義之 原拓 唐本漢籍 支那 書道法帖 碑刻 金石篆刻 印譜。
《「源氏物語」宿木(やどりぎ)の巻》
《原本上部に玄宗皇帝と楊貴妃の物語を詠った漢詩の落款が押捺・宿木の原文に引用されている。古書●日本信用紳士録 全国篇 第36版 1979年●東興秘密探偵社。》
《源氏の君と女三の宮(朱雀天皇の皇女)の御子・中納言(薫の君)美しい浮舟の出生の秘密》
〔三十六・今上帝の皇子・匂宮と中の君の愛情が深まる〕
《あの中納言(薫の君)もこのお方(中の君)をやはりあきらめきれないのだろうと、
宮(今上帝の皇子・匂宮)は》・・・・・・疑念も波立ってうらめしくお思いなのであろう。珂羅版 唐孫過庭書譜真蹟 御府珍秘 原寸大 玻璃版 書道法帖 碑帖墨蹟 拓本 拓片 印譜 コロタイプ 原色 金石篆刻 古籍善本。
菊の花がまだ十分には色変りしきらず、ことさらによく手入れをおさせになっているこのお邸(やしき)のは、
かえって色の移ろいもおそいが、そのなかのどうした一本(ひともと)であろうか、
まったくみごとに色づいているのを、宮(今上帝の皇子・匂宮)が特にお折らせになって、
(今上帝の皇子・匂宮)「花の中に偏(ひとへ)に」
とお口ずさみになり、
(今上帝の皇子・匂宮)「なにがしの皇子(みこ)がこの花をたたえていた夕べのことでしたね、
昔天人が翔(か)け降(くだ)って琵琶(びわ)の手を教えたというのは。【中古】 農業における資本主義 他八篇 (1953年) (国民文庫 第112 )。
何事もあさはかになってしまった末の世は情けないことです」
とおっしゃって、琵琶(びわ)のお琴を下にお置きになるのを、女君(中の君)は残り惜しくお思いになって、
(中の君)「人の心はあさはかにもなりましたでしょうけれど、
昔の名手から伝えられた技量(わざ)までがどうしてそれほど劣るはずが・・・・・・《ありましょう」》
備考・匂宮は、今上帝と明石中宮の皇子。新日本古典文学大系 全106冊。中納言・薫の君は、源氏の君と女三の宮(朱雀天皇の皇女)の御子。【中古】 真勢易秘訣 奥秘伝書 (1957年)。
中の君は、匂宮の妻。和本 女孝経教草 全 嘉永6年(1853年)江都書肆 榮久堂。権大納言の君(八の宮)は、大君(おおいきみ)と中の君の父。【中古】 惜別 (1948年)。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 馬書 古文書。
《The Ivy(宿木)》
Embarrassed at her inability to hold back tears, she hid her face behind a fan.
She was a delight, and he pitied her; and at the same time he could see that precisely this appeal would make it difficult for other men to stay away.
His doubts came back, and his resentment.
The chrysanthemums had not yet taken on their last color, for the more carefully cultivated the chrysanthemum, the slower it is to change.
Yet a single blossom, for whatever reason, had changed to that most beautiful of colors. The prince had it brought to him.
"'I do not love, among flowers, the chrysanthemum only,'" he whispered.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」宿木の巻の末尾(原本番号96-A)の押印。山水徴。
左端の2つの印が仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。【中古】 近代法における債権の優越的地位 (1953年) (学術選書 第1 )。冬姫は内大臣・通誠の養女。【中古】 オードリー・ヘップバーン物語 (1954年)。
冬姫は通称。坪内逍遥『熱海ペーヂェント』大正14年 博文館刊 初版本 坪内逍遥直筆献呈署名入(「呈 駒田君 著者」)三重県・駒田家旧蔵書。正式な名は伊達貞子。明治23年 官報号外 古書。左端の写真は「宿木の巻」末尾の拡大写真。源氏物語 全16巻32冊 陽明文庫編。左下は仙台藩の家紋印
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。村井中漸『算法童子問』(五巻五冊)天明4年 天王寺屋市郎兵衛刊 江戸時代和本 和算書 算数書 数学書 浮世絵師絵入本。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 出雲 神田橋 書状 古文書。)
(出品した自筆の「断層画像写真」(宿木の巻)MRI 49―72A
自筆下二つの印のうち下は、出雲松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款
1番上は「額縁裏面」に表記されるラベル。近代公実厳秘録。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
下の写真のうち上段は、国宝「源氏物語絵巻」のうち「宿木一、二、三」(源氏物語絵巻・小学館)
一番上が、国宝「宿木一」、中段が国宝「宿木二」、下段が国宝「宿木三」(徳川美術館・所蔵)
中段の国宝「宿木二」は、婚姻三日目の翌日、今上帝と明石中宮の皇女・匂宮〈右端〉が、夕霧の娘・六の君を抱き、その美しさを初めて陽の光のもとで見る。清水六兵衛編『清水六和回顧作品集』昭和30年 芸艸堂刊 5代目清水六兵衛陶芸作品集 木版画装。左側に五人の女房たち。風流と繊細!/[建具雛型・明治9年・版権免許]/唐戸・妻戸・網代戸・二崩etc。朝廷の優雅な場面として有名。【中古】 シュマーレンバッハ研究 (1954年)。
下段の国宝「宿木三」は、秋の夕暮、二条院での匂宮と中の君。溝口竹亭『新版改正俳諧をだまき大成』(全二巻二冊揃)安永10年版 田中庄兵衛刊 江戸時代和本 俳諧をだまき綱目 俳句 俳諧書 俳書。自分より若い六の君が来たことにより、中の君の本音は悲しい。【中古】 セム族の宗教 前 後篇 (1941年) (岩波文庫)。それを慰める匂宮。箱根山いざりの仇うち(箱根霊験いざりの仇うち)。秋の夕の庭先が大きく画面を占め主役は一番端に置かれている。【中古】 地代と土地所有 (1958年)。全体に寂しさを表現して、屋台は右隅に斜めに右下がりという言わば逆斜め。【中古】 小型ヨット入門 (1959年)。人物配置も不安定な位置で心理の不安を表していると言われている。遺教経論。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。m327◆裁断要事録◆写本◆江戸 寛政 関所改方 入鉄砲出女 手負 囚人 死骸 首 道中奉行 扶持 川越 街道 往来@和本/古文書/古書。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。山中峯太郎『日本振天記 並進の巻』昭和11年 警醒社刊 函付初版本 日露戦争を題材とした歴史小説。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。【中古】 三味線の研究 (1958年)。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。『古文書』権大僧都法印(芳川経雅)・高野山時代巻物3巻・和歌山藩時代上下巻物【幕末 巻物 古文書 古書 和書】約上巻6m下巻8m高野山巻9m。撮影後、展示のために再表装をしております。【中古】 講談社版世界美術 第2 メソポタミア (1966年)。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。立憲政体略。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。【中古】 イギリス法制史 総説篇 上 (1959年)。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。会津暦4冊。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 日本文学全集 第38 横光利一集 (1966年)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。メルロ=ポンティ・コレクション 全7冊 木田元編。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。ベツレヘムのおさなご セルマ・ラーゲルレーヴ 昭21 キリスト教 ニルスのふしぎな旅 新約聖書カトリックプロテスタントルターカルヴァンOF。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。古文書 書簡 板谷波山 湯山保寿宛て 封筒付き 陶芸家 人間国宝 茨城県名誉県民 文化勲章受章者 偉人 HAZAN(レターパックライト発送)。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。【中古】 図説茶道大系 第4 茶の建築と庭 (1962年)。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。【中古】 農村の年中行事 (1943年)。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。【中古】 桂離宮 (1951年) (創元選書 第215 )。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。【中古】 物質の量子理論 第2 (1957年) (共立全書)。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。【中古】 永代大雑書万暦大成 天保新選 (1955年)。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。【中古】 機械設計 第6 旋盤の設計製図 (1966年)。母は後水尾天皇皇女女二宮。明治現存三十六歌撰。実母は近衛家女房(瑤林院)。【中古】 自由国民・口語六法全書 第3巻 借地・借家法 (1964年)。幼名は多治丸。f24011501〇支那選述 冠註天台四教儀集註 上中下三冊揃 元禄8年 芳野屋権兵衛板〇和本古書古文書。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。【中古】 白鳥姫・冠の花嫁 (1952年) (創元文庫 B 第46 )。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。【中古】 フランス詩法 (1954年)。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。イソップ原作 楠山正雄編 武井武雄画『イソップものがたり 幼年文庫』昭和24年 光文社刊。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。【中古】 柳宗悦選集 第9巻 木喰上人 (1955年)。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。【金富士】値下げ中 梅原龍三朗二十年史画集 昭和22年 珍品古書。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
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