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源頼朝、義経追討の命令を出す・「日本外史」のうち「北条記の巻」江馬細香・自筆・茶道・茶道具5A
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江馬細香の2つの印「細香」「湘夢」
緒方洪庵の「滴々斎」の落款
断層画像写真
江馬細香 美術年鑑の評価額
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「日本外史・巻四」は、鎌倉幕府2代執権「北条義時」を中心に記しております。【中古】 政治思想における西欧と日本 上 南原繁先生古稀記念 (1961年)。
隷書体による「日本外史」江馬細香・自筆
自筆下部に江馬細香の落款(印譜)「細香」と「湘夢」がある。銅脈先生太平遺饗。2つとも細香の落款
自筆上部に緒方洪庵の所蔵を示す「適々齋」の落款(印譜)がある。朝夷巡嶋記 馬琴 江戸時代 古書 絵本 あさいなしまめぐり 東都 レトロ コレクション 希少 昔 歴史 古文書 曲亭馬琴著。
(自筆の凹凸はストロボの反射によるものです。【中古】 大漢和辞典 巻5 (1957年)。)
「額縁入自筆原本」
上記額は、海外展示の際に用いられた額です。肥後駒下駄(実録もの)。
「自筆原本」
原本下部の2つの印は、江馬細香の「細香・湘夢」の落款。『松浦星洲印譜集 多自刻』江戸後期〜明治時代頃 落款篆刻 原鈐印譜100顆以上。上は、緒方洪庵の「滴々斎」の落款。【中古】 バブーフとその時代 フランス革命の研究 (1958年)。
《江馬細香・自筆「日本外史」北条記》
原本の来歴及び国内所蔵数については下記に記載
海外展示に際し、断層写真により分析されております。【中古】 新天文学講座 第10巻 電波天文学 (1958年)。原本を分析・解析するために海外の研究機関において「断層(MRI)写真」撮影等による新技術による分析・検査・証明が行われた後、一般の展示に付されたものです。星巌集 王池吟社詩附。
出品した自筆は、アメリカで撮影された下記「断層(MRI)写真」においてわかる通り、微細な曲線をも精緻に描いた極めて美しい芸術性の高い日本語の優れた文字としても高い評価を受けております。【地租改正】『落地発見願書』明治十九年八月 中頸城郡 上広田村/新潟県知事 篠崎五郎 検地帳 古文書 村方文書 和本【24-0412-29】。上から3番目の写真は、科学的で客観的な分析データを重視するアメリカの航空宇宙局(NASA)の技術による「断層(MRI)写真」です。中上健次全集 全15冊 中上健次。「断層(MRI)写真」によって、古切の書の詳細を知ることができます。【中古】 わらべ唄歳時記 (1956年)。NASA(アメリカ航空宇宙局)の優れた技術である「断層(MRI)写真」撮影を通して、日本の優れた伝統技術をアメリカ国内において広く知らせているものです。近江彦根藩領出流原村古文書●嘉永6年 御巡見御供奉御名前帳と雪隠紙 藩主井伊直弼の巡見④ 下野国安蘇郡出流原村 現在の佐野市 230909。
《日本外史 巻之四 源氏後記 北条氏》
《被親信》・・・如初。珍書大観 吉利支丹叢書。賴朝忌弟義經勇智。山東京山・柳亭種彦・笠亭仙果・松亭金水訳 歌川国芳画『稗史水滸伝』(全4冊揃)大正6年国書刊行会刊 彩色木版画4枚入 中国の物語。謀除之。【中古】 マヤコフスキー詩集 (1952年)。文治元年。【中古】 はてな?電気とは… (1979年) (電子技術はてなシリーズ 1 )。冬。【中古】 日本祭礼風土記 第1 沖縄・九州・四国・中国 (1962年)。親將之京師。片島深淵子編 田尻種経翻刻『赤城義臣伝』(全5冊揃)大正5年刊 江戸時代和本復刻版 赤穂事件 赤穂義士 赤穂浪士 忠臣蔵資料。義經奔竄。1742年 第二浄土門 浄土教 皇都書林 木版画 木刻本 道綽 安楽集 大集月蔵経 佛経文 無量寿経 阿弥陀経 浄土論 支那 佛教。
賴朝途還。【中古】 日本昔話集成 第1部 動物昔話 (1950年)。遣時政。【中古】 繊維素化学及工業 (1956年)。以千餘騎護京師。忍澂和尚行業記。四索不獲。【中古】 易の理論 (1952年)。於是以賴朝意奉請。島尾敏雄全集 全17冊 島尾敏雄。諸國司置守護。【中古】 論理学入門 (1955年) (青木文庫)。
莊園置地頭。【中古】 処女地 前篇 (1949年) (岩波文庫)。所在追捕。生産道案内。弗被允。仮名挿入 皇朝名臣伝 全5巻揃 明治13年 中澤寛一郎 古書和本古本 江戸期。時政抗辨再三。【中古】 キェルケゴール小伝 (1958年)。終被允。【中古】 国際私法講座 第1巻 (1953年)。自爲七國地頭。【中古】 現代外国法典叢書 第6 独逸商法 (1956年)。已而辭之。【中古】 茶の本 (1956年) (角川文庫)。
當是時。祐天御伝記。大亂初平。【中古】 カント全集 第16巻 教育学・小論集 遺稿集 (1966年)。京畿多事。玲瓏隨筆。時政身當其衝。林羅山(林道春)『神社考詳節』正保4年 安田十兵衛開板(京都寺町誓願寺前)江戸時代和本 伊勢神宮 神道資料。事無不立辨。万歳塵刧記大成。餘東歸。【中古】 入会権の解体 第1 (1959年)。
以詔擧從弟時定自代。【中古】 日本ギルドの解放 明治維新と株仲間 (1957年) (研究叢書 第10冊 大阪大学経済学部社会経済研究室編 )。亦賴朝意也。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古文書 上。賴朝嘗獵富士野賴家甫十二。【中古】 資本論入門 第3分冊 (1952年) (青木文庫 第32 )。射中走鹿。【中古】 庄内金工名作集 (1966年)。
賴朝大喜。歴史資料/加賀藩史料/「菅秘録」/前田家由来併武芸之女召抱之事他23項目/寛政12年筆写/9巻2冊。使人報之政子。文徴明 蘭亭記 拓本保証 折帖 経折本 烏金拓片 文衡山居士 蘭亭序 王義之 原拓 唐本漢籍 支那 書道法帖 碑刻 金石篆刻 印譜。政子曰。古今書院 デルタ 1938年 地理雑誌 大同石佛 北支 南支那 雲南紀行 廣東 写真 図版 戦前 当時物 歴史資料 戦線通信 日中戦争。彼將家冑子。古書●日本信用紳士録 全国篇 第36版 1979年●東興秘密探偵社。獲一禽。珂羅版 唐孫過庭書譜真蹟 御府珍秘 原寸大 玻璃版 書道法帖 碑帖墨蹟 拓本 拓片 印譜 コロタイプ 原色 金石篆刻 古籍善本。何煩專使。【中古】 農業における資本主義 他八篇 (1953年) (国民文庫 第112 )。賴朝愧之。新日本古典文学大系 全106冊。
正治元年。【中古】 真勢易秘訣 奥秘伝書 (1957年)。正月。和本 女孝経教草 全 嘉永6年(1853年)江都書肆 榮久堂。賴朝伏。【中古】 惜別 (1948年)。賴家立。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 馬書 古文書。政子削髮爲尼。破戒往生章 附忘念往生之辨。而與聞政事。山水徴。時・・・・《政敍從五位下》
漢文の文責・出品者
注記・漢字が難字(旧字)の場合、システムの関係でエラーとなり画像に反映されない場合があります。【中古】 近代法における債権の優越的地位 (1953年) (学術選書 第1 )。その場合、空白となりますが落札の際に出力文を交付いたします。【中古】 オードリー・ヘップバーン物語 (1954年)。「原文の読み下し文」と「現代語訳解読文」は、漢文の文字(難字・旧字)を正確に反映しております。坪内逍遥『熱海ペーヂェント』大正14年 博文館刊 初版本 坪内逍遥直筆献呈署名入(「呈 駒田君 著者」)三重県・駒田家旧蔵書。
《日本外史 巻之四 源氏後記 北条氏》
初めの如し。源氏物語 全16巻32冊 陽明文庫編。頼朝(よりとも)、弟義経(よしつね) の勇智を忌み、之を除かんと謀る。村井中漸『算法童子問』(五巻五冊)天明4年 天王寺屋市郎兵衛刊 江戸時代和本 和算書 算数書 数学書 浮世絵師絵入本。
文治元年 (1185)冬、親ら将として之を京師に撃たんとす。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 出雲 神田橋 書状 古文書。義経(よしつね) 奔鼠す。原拓本 文徴明 明河帖 書道法帖 支那 印譜 法書 金石篆刻 旧拓片 碑帖墨蹟 摩崖石刻 珂羅版 玻璃版 董其昌 黄庭堅 趙子昴。
頼朝 途にして還る。趙文敏 真草千文 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙子昴 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 印譜。時政(ときまさ) を遣し、千余騎を以て京師を護らしむ。【中古】 サン・フォリアン寺院の首吊人 (1957年) (角川文庫)。
四もに索むれども獲ず。【中古】 明治染織経済史 織物業における産業革命 (1937年)。是に於て、頼朝の意を以て、奏して諸国司に守護を置き、
荘園に地頭を置きて、所在追捕せんことを請う。オスカー・ワイルド全集 全5冊 西村孝次訳。允されず。松染情史秋の七草。
時政(ときまさ)、抗弁すること再三にしで、終に允され、自ら七国の地頭と為る。【中古】 日本別珍コール天五十年史 (1954年)。
已にして之を辞す。【中古】 第四間氷期 (1959年)。此の時に当り、大乱初めて平ぎ、京畿多事なり。近代公実厳秘録。
時政(ときまさ)、身、其の衝に当り、事立ちどころに弁ぜざる無し。三楠遺規 東沢瀉 明治16年 楠木正成 天皇 陽明学儒教朱子学 尊皇攘夷明治維新 岩国藩山口県岩国市 検) 戦前明治大正古書和書古文書写本NZ。
歳余にして東帰す。1-▼ 南部中尉名誉記念書画帖 陸軍騎兵中尉伯爵 日露戦争 明治43年5月8日 発行 1910年 木村仁太郎 岩手県 元元堂書房 当時物。詔を以て、從弟時定(ときさだ) を拳げて、自ら代らしむ。【中古】 運勢の占い方 (1952年) (入門百科叢書)。
亦頼朝(よりとも)の意なり。【中古】 姓名の神秘 (1951年)。
頼朝(よりとも)、嘗て富士野に猟す。趙文敏 寿春堂記 唐本漢籍 尚古山房 書道法帖 趙子昴 趙松雪 碑刻 支那法書 金石篆刻 折帖 経折本 中華民国 書法 碑帖 印譜。頼家(よりいえ) 甫めて十二、射て走鹿に中つ。書道 宋 黄山谷 黄庭堅 松風閣詩巻他五種 米元章 書跡 4冊まとめて 書跡名品叢刊 二玄社刊 中国 カバー付き/A-1。
頼朝、大に喜び、人をして之を政子(まさこ) に報ぜしむ。清水六兵衛編『清水六和回顧作品集』昭和30年 芸艸堂刊 5代目清水六兵衛陶芸作品集 木版画装。
政子曰く、「彼は将家の冑子なり。風流と繊細!/[建具雛型・明治9年・版権免許]/唐戸・妻戸・網代戸・二崩etc。一禽を獲たるに、何ぞ專使を煩さん」と。【中古】 シュマーレンバッハ研究 (1954年)。
頼朝(よりとも) 之を愧づ。溝口竹亭『新版改正俳諧をだまき大成』(全二巻二冊揃)安永10年版 田中庄兵衛刊 江戸時代和本 俳諧をだまき綱目 俳句 俳諧書 俳書。
正治元年 (1199)正月、頼朝(よりとも)失す。【中古】 セム族の宗教 前 後篇 (1941年) (岩波文庫)。頼家(よりいえ) 立つ。箱根山いざりの仇うち(箱根霊験いざりの仇うち)。
政子(まさこ)、髪を削りて尼と為り、而して政事を与り聞く。【中古】 地代と土地所有 (1958年)。
時・・・・《政(まさ)、従五位下に叙し)
漢文の読み下し文の文責・出品者
《日本外史 巻之四 源氏後記 北条氏》
《源頼朝、鎌倉に幕府を開く》
《源頼朝、義経追討の命令を出す》
《北条時政は、鎌倉に戻って来て、頼朝に親しみ
信頼されることが》・・・・初めの頃と同様であった。遺教経論。
頼朝は、弟義経の智勇を忌み嫌い、これを除こうと謀った。為誰菴由誓(豊島由誓)閲 栢隠新甫(海老原新甫)撰 米佛苣麿校『俳諧五元一覧』安政5年跋刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句。
文治元年(1185年)冬、自ら将として京師で義経を撃とうした。【中古】 キルケゴール著作集 第17巻 キリスト教の修練 (1963年)。
義経は、逃げ隠れた。畸人百人一首。頼朝は、途中で引き返し、時政を遣わし、
千余騎を率いて京師を護らせて、そして四方を捜索したが、義経を捕まえられなかった。【中古】 日本版画美術全集 第5巻 浮世絵 (1960年)。
そこで、時政は、頼朝の意向を朝廷に上奏して、諸々の朝廷の土地に守護を置き、
諸々の荘園に地頭を置き、各地で守護・地頭が盗賊・謀反人を追補(ついぶ)することを請うた。古文書 書簡 松本楓湖 茨城県 稲敷市 出身 日本画 歴史資料 (レターパックライト発送)。
だが、許されなかった。【中古】 日本昔話集成 第2部 第3 本格昔話 (1955年)。時政は、朝廷に再三抗弁して、
とうとう守護・地頭を置くことが許されて、自ら七ヶ国の地頭となった。天狗党 下諏訪戦争 戦況報告書簡 元治元年 1通 絵図共 計2点。
その内に、時政は、これを辞職した。【中古】 改撰公民科教材及教授法講座 第3巻 (昭和11年)。
この当時、保元平治以来の大乱が初めて平定して、京師畿内に多くの仕事が有った。【中古】 中臣秡・中臣秡抄 (1977年) (吉田叢書 第4編 )。
時政は、自ら重要な職務を引き受けて、あらゆる仕事を立ちどころに片付けた。遠西武器圖略 市川齋宮恭譯解。
一年余りで関東へ帰った。仏説善悪因果経。詔を受けて、時政は、従弟(いとこ)の時貞を推挙して、
自らの代わりにしたが、これも頼朝の内意であった。【中古】 翼賛国民運動史 (1954年)。
頼朝は、嘗て富士野で狩りをした。m327◆裁断要事録◆写本◆江戸 寛政 関所改方 入鉄砲出女 手負 囚人 死骸 首 道中奉行 扶持 川越 街道 往来@和本/古文書/古書。頼家は、この時十二歳になったばかりで、走る鹿を射て命中させた。山中峯太郎『日本振天記 並進の巻』昭和11年 警醒社刊 函付初版本 日露戦争を題材とした歴史小説。
頼朝は、大いに喜び、人を遣ってこのことを政子に報告させた。【中古】 三味線の研究 (1958年)。政子は言った、「彼は、将軍家の嫡子です。『古文書』権大僧都法印(芳川経雅)・高野山時代巻物3巻・和歌山藩時代上下巻物【幕末 巻物 古文書 古書 和書】約上巻6m下巻8m高野山巻9m。一頭の獣を仕留めて、何故わざわざ使者を遣わすのですか」と。【中古】 講談社版世界美術 第2 メソポタミア (1966年)。
頼朝は、これを恥じた。立憲政体略。
政子、政事に与る
正治(土御門、1199~1201年)元年(1199年)正月、頼朝が世を去った。近江源氏先陣館 近松半二 歌舞伎浄瑠璃 佐々木盛綱 江戸時代 検)盛綱陣屋 古書和書古本和本古文書写本 NT。
頼家が立って家を継いだ。1893年 百人一首小倉錦 山荘 和歌 武家 武将 歌舞伎 花魁 公家大名 王家 浮世絵 定家 歌人 秀歌撰 木版画 天智 持統 人丸。政子は、髪を削って尼となって政事に参与した。玉日宮御遺状記。
時・・・・・《政は、従五位下に叙されて、遠江守に任じられて、政所の別当となった。【中古】 小山完吾日記 五・一五事件から太平洋戦争まで (1955年)。》
現代語訳の出典・「日本外史」
訳・頼惟勤・お茶の水女子大学名誉教授(1922~)
(断層画像MRI-4-5-A)
「細香・湘夢」の2つの印は、江馬細香の落款。【中古】 五島民俗図誌 (1934年)。
「序文の記載年号、落款、花押、及び隷書体の資料」
写真右から隷書体の「曹全碑」写真。加藤克巳 自筆草稿 2種4枚「山は川は生きている」「西湖湖畔に心は澄みて」真筆保証品 現代短歌 歌人。右から2番目は、序文末尾の拡大写真。【中古】 イギリス法制史 総説篇 上 (1959年)。日付左の印は、大垣藩医・江馬蘭斎の娘、江馬細香の号である「湘夢」の落款。会津暦4冊。右から3番目は、序文末尾に記された「文政十年(1827) 5月21日」の日付。【中古】 日本文学全集 第38 横光利一集 (1966年)。その左が「湘夢」の落款。メルロ=ポンティ・コレクション 全7冊 木田元編。右から4番目が巻十六末尾下の「細香」の自筆署名と「湘夢」の落款。ベツレヘムのおさなご セルマ・ラーゲルレーヴ 昭21 キリスト教 ニルスのふしぎな旅 新約聖書カトリックプロテスタントルターカルヴァンOF。左端は、江馬細香・自筆の評価額・出典・「美術年鑑」古美術名家撰851頁(美術年鑑社・刊)
上の写真は額縁裏面のラベル
下の写真右端は巻四冒頭の部分
下の写真左のうち上段は緒方洪庵の号「適々齋」
下の写真左のうち下段は仙台藩の家紋竹に雀の落款
上の写真は、江馬細香の肖像。古文書 書簡 板谷波山 湯山保寿宛て 封筒付き 陶芸家 人間国宝 茨城県名誉県民 文化勲章受章者 偉人 HAZAN(レターパックライト発送)。手前が細香、右上が紅蘭(原図は江馬家所蔵)
下の写真は、江馬細香の自筆の詩稿、三十九歳の時の漢文。【中古】 図説茶道大系 第4 茶の建築と庭 (1962年)。校正個所は頼山陽
「日本外史」は本来、二十二巻から構成される冊子本であるが、出品した自筆の体裁は、一巻から七巻までを長尺の一巻の「巻物」として、合計三巻の「巻物」となっている。【中古】 機械設計 第6 旋盤の設計製図 (1966年)。そして、本来冒頭にあるはずの「序文」が末尾に表装されている。明治現存三十六歌撰。序文に記載されている日付は、文政十年(1827)五月二十一日である。【中古】 自由国民・口語六法全書 第3巻 借地・借家法 (1964年)。このため、本自筆は松平定信へ献上する前の完成していない「書きかけ」途中の「日本外史」であることがわかる。f24011501〇支那選述 冠註天台四教儀集註 上中下三冊揃 元禄8年 芳野屋権兵衛板〇和本古書古文書。
この自筆は、大垣藩の藩医・江馬蘭斎の娘で頼山陽の弟子・江馬細香の旧所蔵「日本外史」を頼山陽と親交があり、また尊敬をしていた仙台藩の大槻磐渓が譲り受けた「隷書体」の貴重な自筆です。【中古】 白鳥姫・冠の花嫁 (1952年) (創元文庫 B 第46 )。(所蔵経緯の詳細は下記説明欄に記載)。【中古】 フランス詩法 (1954年)。出品して「日本外史」自筆は、隷書体による「日本外史」として初めてのものであり、貴重な隷書体の書として身近なものとして鑑賞することができます。イソップ原作 楠山正雄編 武井武雄画『イソップものがたり 幼年文庫』昭和24年 光文社刊。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。正倉院古文書影印集成 1~17巻 既刊17冊 宮内庁正倉院事務所編。落札後には、見やすいようにA4サイズの「光沢紙」に転写し交付いたします。1933年 董其昌 秣陵帖 月賦 太史公 書道法帖 碑帖墨蹟 拓本 拓片 古籍善本 金石篆刻 法書 書法 董文敏 印譜 古墨 支那。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。ひとくち噺。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。仏書解説大辞典 本巻揃い 全13冊 小野玄妙編。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。系図纂要 全18冊 宝月圭吾他監修。撮影後、展示のために再表装をしております。324菊づくし!彩色着彩 肉筆精写本 ■菊画本■ 全33図 江戸明治時代 粉本下絵 草花 絵入絵本図譜図案 和本浮世絵ukiyoe古書古文書骨董古美術。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、隷書体による自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。筆力士 初編。
1・自筆には、「江馬細香」の落款である「湘夢」の押捺、及び三巻の巻物の「日本外史」原本を収納していた「桐箱」の中の付箋には、「細香之書、文政十年(1827)三月二十七日、頼先生から譲受」と記されている。佐佐木信綱『金鈴余響』昭和12年 竹柏会刊 本居宣長、賀茂真淵、村田春海ら国学者の書を収載。この字を記したのは、仙台藩医・大槻磐渓である。片山直人著 中島仰山画『日本竹譜』(全3冊揃)明治19年 片山直人刊/丸家善七他発兌 初版(洋紙本)明治時代和本 植物学書 本草学 竹類図譜。磐渓の父・大槻玄沢は杉田玄白の筆頭弟子である江馬細香の父・江馬蘭斎の上司であった。七部集大鏡。
頼山陽(1780~1832)は、文化11年(1814)35歳のおり、京都の医者であった小石元瑞(1784~1849)の養女・梨影(りえ)を妻に迎えている。【中古】 ホワイト・カラーの犯罪 独占資本と犯罪 (1955年) (時代の窓)。頼山陽は、小石元瑞の患者でもあった。古版 藻塩草。小石元瑞は、仙台藩の侍医・大槻玄沢(1757~1829)に師事していた関係で、玄沢の次男・大槻磐渓(1801~1878)とも親しくしている。【中古】 動詞構文詳解 英文法研究 (1955年)。二人の交流は、頼山陽及び大槻磐渓両人の日記や著書に記されている。【中古】 トルーマン回顧録 第1 2 (1966年)。頼山陽の文政10年(1827)3月27日の日記(頼山陽46歳)には、「雨、大槻磐渓来訪」と記され、翌3月28日の日記には、頼山陽、大槻磐渓、小石元瑞ら18名で「夜桜」見物をしていることが記されている。久留春年編『古代芸術拓本稀観』(2冊) 昭和2年 木原文進堂刊 法隆寺 興福寺 中宮寺 薬師寺の仏教美術集 伊東富太郎旧蔵書。
磐渓は、頼山陽と「夜桜見物」にでかけた時のことを次のようにその日記に記している。【中古】 ベルグソン全集 第3 笑い・持続と同時性 (1965年)。
「二十八日、新晴、二賴(山陽と杏坪)及び諸氏に陪して平野に遊ぶ。【中古】 山本周五郎全集 第7巻 (1963年)。・・・晩桜乱発、落片雪の如く繽紛地に敷く。0031717 康熙字典 全41冊揃 風月荘左衛門他・板 安永9年 箱付。乃ち榻を花下に移し、張飲一場、頽然、皆酔ふ。【中古】 合金学新論 (1953年)。日暮に及び、花下の茶肆、各々数十の毬燈を以て之を枝に掛く。蘇学士大江東 求古斎 唐本漢籍 折帖 経折本 蘇軾 蘇東坡 書道法帖 碑帖 支那法書 書法 草書 朱印譜 金石篆刻 珂羅版 玻璃版。遠近映発して煌々昼の如し。【中古】 化学実験の方法と基礎理論 (1959年)。」上記の通り、「桐箱」の中の付箋には、「細香之書、文政十年(1827)三月二十七日、頼先生から譲受」と記されていることから、頼山陽と会った日に「日本外史」自筆を受け取っていることがわかる。【中古】 レーニン全集〈第31巻〉 (1959年)。これは、大槻磐渓の個人的な依頼によるものではなく、仙台藩への献上品として前もって依頼し、この日に受け取っていることがわかる。1934年 唐摺化度寺塔銘残本 欧陽詢 敦煌 書道法帖 折帖 西東書房 金属版 楷書 拓本 折本 玻璃版 珂羅版 翁方綱 拓片 印譜。金銭の授受は明記されていない。大黒天の研究。また、頼山陽が仙台藩への献上について記していないのは、前老中の松平定信への献上が約束されており、山陽の自筆文を松平定信の前に仙台藩に献上することに遠慮があったものと推定されている。【中古】 弓道教本 第4巻(理念と射技詳論) (1984年)。
大槻磐渓は、持ち帰った「日本外史」を藩に献上する前に隷書体「日本外史」を元に格調高い文体で「日本外史」を写している。【真作】江戸後期 和本木版多色刷 「柳川画帖」 柳川重信画 絵手本 刊 尾張 東壁堂 葛飾北斎の門人 美品 y0090。磐渓は、「日本外史」を手書きによって書き写したのは、尊敬する頼山陽の業績を自らの手で確認したいとの思惑があったのではないかと考えられる。【中古】 パウル・ヴンダーリッヒ版画作品集 (1976年)。
2・「緒方洪庵の旧所蔵」
自筆の一部には緒方洪庵の所蔵を示す「適々齋」の落款(印譜)がある。【中古】 革命の解剖 (1952年) (岩波現代叢書)。一部の自筆が緒方洪庵の手許に渡っていることがわかる。花柳事情。緒方洪庵は、大槻玄沢の弟子であることは広く知られている。完品 真下敬之『醒心斎詩集』(全2冊揃)昭和5年跋 漢詩集。緒方洪庵自身も一部を所蔵し、大切に読みこなしていたことをうかがい知ることができる。御親閲拝受記・現役将校学校配属令施行拾五周年記念/朝鮮教育会/昭和15年/御親閲拝受顛末謹記・御親閲拝受状況報告・御親閲拝受行動日誌。緒方洪庵は、大阪大学の前身・適塾を創設。【中古】 崩災と国土 地辷・山崩の研究 (1955年)。洪庵は文化7年(1810)7月14日生~文久3年(1863)6月10日没。新撰 學 實用 萬國地圖(万国地図) 東京博文舘蔵版 大橋新太郎/発行 明治26年9月15日第3版発行 古書。
「日本外史」の外国語訳版では、「NIKHON GAISI」V.M.Mendrin,1915,Vradivostok.があります。真字正法眼蔵提唱 全6冊。外国での展示に際し、上記「NIKHON GAISI」の表記ではなく、日本の国外における表記に準じ、「NIHON GAISHI」と表記。【中古】 ゴルフ球の打ち方 (1958年)。アーネスト・サトウは、明治5、6年頃「The Japan Mail」に「日本外史」の英訳を載せている。松浦厚『鸞洲羊年春季詩集』限定150部 昭和6年 東京築地活版製造所 漢詩集 平戸藩伝来の古活字(木活字)使用 肥前平戸藩主松浦詮の長男。そのノートは、ケンブリッジ大学アストン文庫に残っている。【中古】 接写の秘訣 (1951年)。
出品した「日本外史」の書は、小さな断片です。龍門石窟 写真集 原色版 白黒版 古美術 壁画 礼佛圖 北魏 造像拓本 北斉 摩崖石刻 飛天 1980年 文物出版社 羅漢菩薩 楊大眼。このような断片を「古切」という。☆E0361和本江戸文久元年(1861)政治外交論写本「毛利候之臣上書」1冊/長井雅楽/航海遠略策か?/長州藩士/古書古文書/手書き。頼山陽の自筆原本の多くは、頼家のある広島市が昭和20年の原爆投下によってその大半が焼失したため、爾来、出品者宅においても厳重に保管されていた。長谷川伸旧蔵書 大倉桃郎『平和の日まで』大正4年 佐藤出版部刊(初版本)大正時代文学書 大正文学。「日本外史」は、元来、大槻磐渓の書として冊子や巻子(かんす)で伝えられたものが、鑑賞用として「茶人」の好みにより「掛軸」、或いは屏風に仕立てられ茶道具として用いられた。【中古】 世界各国の人形劇 (1943年)。なお、自筆を断片化することを「古切」という。先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 書状 古文書。
国内における所蔵先等
出品作品と同じ「日本外史」の写本は、国立国会図書館(村瀬秋水・写)、東京大学、京都大学、大阪府(1冊のみ)など8箇所に現存。【中古】 和声法要義 (1953年)。「国書総目録」第6巻379頁(岩波書店・刊)出品作品は、所蔵経緯、来歴が明確であるため極めて希少価値が高い。【中古】 ドイツ文学十二講 後篇 (1953年) (角川文庫 第381 )。ただし、いずれも「真書体」「楷書体」で、「隷書体」の「日本外史」自筆は、本出品の自筆は日本国内でただ1部現存するのみ。萬葉集拾穂抄 十冊(一~三、五~十、十四)北村季吟撰。
自筆は昭和39年以来アメリカの大学で分析され以後アメリカ国内で展示が継続されていた。【中古】 楽式の研究 第2 フーガ (1961年)。一部が日本に戻り後の大半はまだアメリカで展示されております。【中古】 子供の情景 (1957年) (世界写真作家シリーズ)。自筆には、「江馬細香」の落款である「湘夢」の押捺、自筆署名の花押、及び三巻の巻物の「日本外史」原本を収納していた「桐箱」の中の付箋には、「細香之書、文政十年(1827)三月二十七日、頼先生から譲受」と記されている。【中古】 合気道入門 当身技と関節技の合理的練習法 (1958年) (スポーツ新書)。この字を記したのは、仙台藩医・大槻磐渓である。【中古】 孫子講話 (1939年)。磐渓の父・大槻玄沢は杉田玄白の筆頭弟子である江馬細香の父・江馬蘭斎の上司であった。【中古】 神社古図集 (1942年)。
蘭斎は、江戸での学業を途中で打切り大垣藩の藩医となる。【中古】 日本の文学 第69 三島由紀夫 (1965年) 仮面の告白・金閣寺・午後の曳航・近代能楽集・芙蓉露大内実記・他。大垣藩で蘭医として名声の上がっている江馬蘭斎の許を頼山陽が訪れ蘭斎の娘・江馬細香に求婚するが父・蘭斎が断る。大福節用 文久三発玄年。若い頼山陽の貧しさを父・蘭斎が嫌ったことが原因である。仏説孝子経和解。しかし、細香は頭脳明晰で漢文や詩文をこよなく愛し、その後頼山陽に弟子入りしている。昭15「子爵由利公正」由利正通編 岩波書店 箱・元カバー付き。
頼山陽は、早い時期から「日本外史」を書き始め、文化2年(1805)年3月20日の「大槻子縄(仙台藩学頭)に与ふる書」の中で「日本外史」を起草していることを示している。【中古】 富山県民謡緊急調査報告書 (1985年)。「日本外史」は「文政十年(1827)五月二十一日付」で白河藩主・松平定信に献上したものだが、献上以前に並行して仙台藩からも求められ頼山陽が弟子の江馬細香に写させていたと推定されている。【中古】 日本の文学 第58 石坂洋次郎 (1964年)。
白河藩主・松平定信の献上の二ケ月前に大槻磐渓に渡されたのは、大槻磐渓の父・玄沢が病床にあったことが関係しているという説、及び白河藩より仙台藩の方が大藩であったことと、頼山陽が仙台藩から援助を受けていたことも関係しているとの説もある。【中古】 マルセル著作集 第8 人間の尊厳 (1966年)。また、大槻磐渓は、文政十年(1827)より以前に序文のない下書の「日本外史」を入手し「楷書体」による写しを進め、後年、前記の通り、磐渓の父の弟子である緒方洪庵に渡っていることがわかっている。【中古】 自衛権 (1951年)。
2・「江馬細香の自筆とアメリカの基準について」
①・自筆は「女文字」であり、同時に上記、細香自筆の草書体の花押、落款、及び来歴から日本国内的では「江馬細香・自筆」とされていた。頼山陽『日本政記』(全十六巻十六冊揃)文久元年 河内屋吉兵衛他刊 江戸時代和本 日本史。しかし、アメリカでの展示に際しては、科学的な筆跡全体の照合が条件として追加される。仏説善悪因果経鈔。日本的な鑑定人による視覚による主観的な分析ではなく、科学的な解析手法である「ドーバート基準」による筆跡の分析、すなわち、江馬細香の「隷書体」自筆との照合であるが、細香は「湘夢遺稿」など多くの自筆文を残しているがいずれも「行書体」「草書体」で「隷書体」の自筆文は現存していない。陽明叢書 国書篇 1~15輯 全15巻16冊 陽明文庫編。このため、細香の他の隷書体の文字との照合ができないため、海外展示に際し、「江馬細香・旧所蔵」とし、「Ema Saikou・Autograph(江馬細香・自筆)」とはしていなかった。新井白石『古史通』(全四冊揃)明治4年 一貫堂刊 明治時代和本 日本古代史解釈書。(2015年1月迄)
その後のコンピュータ分析の精度向上の結果、江馬細香の「草書体」の文字と「隷書体」の文字情報を高速度で分析した結果、自筆は「江馬細香・自筆」であると解析された(分析法は下記②の欄)。【中古】 シートン選集 第1期 第3巻 動物記 (1956年)。この結果、「江馬細香・自筆」と説明欄に追記した。近思録示蒙句解10冊中1冊欠 元禄14年序中川弥兵衛刊 江戸時代和本 朱熹・呂祖謙編纂「近思録」註解書 中国唐代思想 朱子学 儒学 NB。
②・自筆の筆者の識別方法について
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 文化十一甲成 八月 書状 古文書。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。【中古】 漢詩大系 第2 詩経 下 (1968年)。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。【中古】 西洋経済古書漫筆 (1947年)。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。珂羅版 蘭亭墨寶 韓珠船本 折帖 王義之 玻璃版 コロタイプ 書道法帖 碑帖墨蹟 経折本 拓本 原拓片 朱印譜 金石篆刻 唐本漢籍。
③・筆跡について
欧米では、筆跡の細部を検証するには人間の目ではなく、指紋の照合と同様アメリカではコンピューターが利用されております。【中古】 蜜蜂マアヤ (昭和12年) (岩波文庫 1572-1573 )。資料として断層画像写真を出品欄に掲示しております。伏敵篇・靖方溯源・竹崎季長蒙古襲来絵詞/明治25年/重野安繹・山田安栄・蒙古襲来関係史料集・近代の蒙古襲来研究に画期的な意義を持った。落札後の額縁裏面には説明文として、「Nihon Gaishi・1827 Ema Saikou・Autograph」との表記されております。尾崎一雄全集 全15冊 尾崎一雄。
上記英文の日本語訳は、「日本外史・1827 江馬細香・自筆」
出品に際しては、アメリカの基準に準拠し説明欄に記載している。【中古】 近代民主政治 第1-4巻 (1950年) (岩波文庫)。
徳川将軍家の正室は京都の公卿筋から選ぶべきだとの意見があり、その反対論を一蹴したのが「日本外史」であった。【中古】 世界文学大系 第68 アラビア・ペルシア集 (1964年)。安政元年の春、薩摩藩江戸屋敷に水戸斉昭、山内豊信、伊達宗盛、松平春嶽などの幕府老中たちが薩摩藩主・島津斉彬を囲み「花見の宴」を開いていた。絵入志んてき問答。宴の目的は島津斉彬の娘・篤姫が将軍の正室にふさわしいかどうかを老中たちが見定めるためである。池田文痴庵(池田信一)著 与謝野晶子題画『いけだ雑学これくしよん森羅万象録』限定100部 昭和11年 文痴庵書斎刊。老中たちへの挨拶に訪れた篤姫に対し、水戸斉昭が篤姫の愛読書「日本外史」について質問する。【中古】 神道と国学 (1941年)。篤姫は正確に受け答えをし、老中たちは篤姫のその読書量と理解の明晰さに感動したという。出世双六。老中諸侯の反対論が一蹴されたことはいうまでもない。【中古】 剣豪 虚構と真実 (1958年) (現代教養文庫)。「日本外史」をきっかけにその場にいた老中たち全員が正室入輿の推進者となったと言われている。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原大膳太夫長時 右近太夫 古文書。
水戸斉昭や伊達宗盛はこの時の様子を日記に記し、また篤姫の正室入りに最も強く反対していた福井藩主・松平春嶽は「斉彬公行状記」の中でこの時の篤姫の様子を「聡明にして温和、人との応接も機智に富み、学問(日本外史)深し。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 書状 古文書。かくなる姫を御台所(正室)に迎えるは徳川家にとっても幸福というべきなり」と記している。【中古】 標準初等ドイツ語講座 (1957年)。その後、日本国内で「日本外史」を理解する篤学の女性として「東の篤姫、西の細香」とまで言われた。和語善生経。後年、江馬細香の漢詩が掛軸となり茶の道具として用いられるようになるのは、こうした歴史的背景がある。☆E0147和本明治20~22年養蚕「蚕務問答」巻1~3の3冊揃い/佐々木長淳/絵入古書/活版/山内為寿旧蔵本。
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